佐藤高基

エスニシティーもダイアリーも、すべてフィクションです

テノール 佐藤 高基

 5/14、最後の演奏会を前日に終え、まる一日自由に観光できる日である。

 この日は、大学時代からの悪友である水鳥川と、カンヌ見物に行くことにした。これは別に、フランスで活躍した画家たちであるセザンヌ、ピカソ、ゴッホなんかがどうしてパリを離れて南フランスへ移っていったのか、その理由を自分なりに推測したかったからでも、これらのアーティストが口を揃えて言っていたという、「自分には南仏の陽光が必要だった」からでもなく、ただ誰かに会えるかもしれないというスケベ心からであった。ちょうどカンヌ映画祭が開催されているところであり、広末涼子(や松田聖子の娘・・・そんなやつ知らなかったが)が出品作品に出演している、そのほか大勢の超大物も来ているに違いない、だれか一人くらいはFOCUSできれば、と思っていた。それがだめでも、カンヌ映画祭の関係者に混じっておなじ雰囲気の中にいられるだけでも、価値があるような気がしていた。また、行きの飛行機で私の隣に座っていたきれいな女の人がアトミック・エースとかいう映画関係の会社に勤めており、カンヌでいい映画が見つかったら権利を買って日本で上演するというプロジェクトにかかわっているそうなので、もし会えたらヤツに紹介してやろう、なんてことも(ほんのちょっとだけ)思っていた。

 宿泊しているホテルの近くのアヴィニョン駅からはカンヌまでTGVで片道3時間、ダイヤもわからぬまま、とりあえずホテルを出発する。駅で無料の時刻表をもらうと、一時間以上も待ち時間があることがわかった。そこでほとんど見ていなかったアヴィニョンの街並みを観光することにした。街の中心部は城壁に囲まれた1.5ha内にあり、駅はその城壁のすぐ外側にあり、ちょうど対角線上には、サン・ベネゼ橋がある。直線1km、往復1時間で見られぬこともないと、直ちに駅を出発した。街並みは14世紀から続いているという建築物が随所に見られるが、どれもが観光のための張りぼてではなく、庁舎や銀行、会社として立派に使用されていた。前日まで、「伝統はフィクション」と信じていたが、さすがに世界遺産、まったく恐れ入った。なんとか橋までたどり着き、大急ぎで引き返す。

 10:25のTGVに乗車し、13:30ころにカンヌに到着する。映画祭の会場は少し歩いた海岸線沿いにあった。映画関係者らしい人でごった返しており、みな胸にバッジをつけている。超きれいでわがままそうな女の人と、たくましそうな男の人が一緒に歩いていると、もしかして女優とボディーガードか、なんて思ってしまうが実は映画はまったくの素人、だれがだれだかさっぱりわからない。ビーチに行くと、大勢の人たちが日光浴を楽しんでいたが、なんと若い女の子たちもそれに混じって***で寝転んでいた。おいおい、おいしいじゃねえか。ただし残念ながらカメラを向ける勇気はなく、水鳥川にせかされて会場近くに戻る。コイツも変わったな。と思う。会場付近の歩行者用通路には、多くの映画監督や俳優の手形が埋め込まれている。黒澤明の手形を見つけたときはかなりうれしかった。北野武がカンヌでも活躍し、手形ができる日は来るのだろうか。

 遅い昼食をとり、Tシャツなどの土産を買って駅に戻る。カンヌでの滞在時間は約3時間、その次の列車では帰りが深夜になってしまうため、16:25のTGVを予約しておいたのだ。アヴィニョンに戻ったのは20時を過ぎたころだった。3時間のために7時間のTGV、よく考えたらいつもの響の練習通いと時間も費用も同じようなものだ。そんなことはさておき、めちゃくちゃうまいフランス料理を求め、レストラン探しを開始した。

 ガイドブックで見つけた高級店は満席だったので、そこで紹介してもらうことにした。その場で予約を行なってもらい、たどり着くと栗さんや安保さん、斎藤さんたちがいらした。これはいける、と、そのとき確信したのだが、それは見事に的中した。まずシャンパンをグラスで頼み、メインディッシュは白身魚とした。しかしワインは赤とする。Chateau'neuf du Pape A.O.Cの赤が、とてもおいしいらしいからだ。料理も酒も実にうまい。ワインはよくあるライトボディーでなく、非常にしっかりしているが、雑味がない。

 あっという間に2時間くらいが過ぎ、寒くなってきたのでホテルに帰ることにする。会計は一人7,000円程度、本場のフランス料理にワインをつけて、これは安い。思い出に残る、いい一日であった。

みどりかわさん・たかもとさん